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岡山地方裁判所 平成7年(行ウ)11号 判決 1999年3月30日

岡山市阿津一七一七番地の一

原告

松本太介

右訴訟代理人弁護士

水谷賢

岡山市天神町三番二三号

被告

岡山東税務署長 橋口滿

右指定代理人

岡垣利幸

相木孝治

清水利夫

小笠原建治

原田秀利

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

本件は、かつて電気工事業を営み、いわゆる白色申告者であつた原告が、平成元年分ないし平成三年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税について別表A(一)ないし(三)の確定申告欄記載のとおりした各確定申告(以下「本件各確定申告」という。)につき、被告が反面調査によって把握した原告の売上金額をもとに類似同業者の売上原価率及び平均所得率を用いて原告の事業所得金額を推計した上、別表A(一)ないし(三)の更正決定処分欄記載のとおり平成五年三月三日付けで各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び各過少申告加算税賦課決定(以下「本件各過少申告加算税賦課決定」という。)をしたのに対し、原告が本件各更正処分が推計課税の必要性及び合理性を欠き、原告の事業所得金額を過大に認定したものであるとして、本件各係争年度分の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定のうち、平成元年分については課税総所得金額九六万二〇四九円を超える部分の、平成二年分については課税総所得金額二六〇万〇〇〇〇円を超える部分の、平成三年分については課税総所得金額三三四万八〇〇〇円を超える部分の各取消しを求める請求である。

第二事案の概要

一  争いのない事実(請求原因関係)

1  課税処分の存在

原告は、本件各係争年次当時岡山市阿津一七一三番地所在の事業所において「松本電気工事」の名称で電気工事業を営むいわゆる白色申告者であったところ、本件各係争年分に係る各所得税について別表A(一)ないし(三)の確定申告欄記載のとおり本件各確定申告をしたのに対し、被告は、別表A(一)ないし(三)の更正処分欄記載のとおり平成五年三月三日付けで本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定をした。

2  課税処分に対する不服審査

原告は、本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定に対し、別表A(一)ないし(三)の異議申立欄及び異議決定欄記載のとおり平成五年四月二八日付けで各異議申立てをしたが、被告から同年七月七日付けで棄却の決定を受け、さらに審査請求欄及び審査裁決欄記載のとおり同年八月四日付けで各審査請求をしたが、国税不服審判所長から平成七年二月二七日付けで棄却する旨の裁決を受けた。

二  争点

1  推計課税の必要性及び合理性の有無(抗弁)

(一) 推計課税の必要性について

(1) 被告の主張

被告は、原告の本件各係争年分における所得税確定申告書に収入金額及び必要経費の記載がなく、記載されている事業所得の額も実額であるとは思えない金額であったことから、それが適正であるか否かを確認するため、税務調査を実施することとしたものである。そして、被告の所部職員森山清(以下「森山係官」という。)が、平成四年一一月四日原告の居宅に赴き、税務調査を実施しようとしたところ、原告においてあらかじめ原告の加入する玉野民主商工会員四名をその場に同席させた上、税務調査に立ち会わせるように求め、同係官が守秘義務遵守の見地から立会資格のない同席者の退席を求めたのに対しても、あくまで原告及び同席者において立会いに固執したことによりその場が騒然とした雰囲気となったため、臨場による税務調査を断念したものであり、原告主張のようにその場に請求書綴・領収書綴が準備されていた事実はない。森山係官が、その後同年一一月六日電話で原告に対し第三者の立会いなしに関係帳簿証憑類の提示に応じるように説得したのに対しても、原告は、臨場税務調査に第三者を立ち会わせると主張するとともに、帳簿類はない、証憑類も第三者の立会いの下での税務調査でないと提示できない旨表明し、さらに同年一二月九日反面調査中であった被告の所部職員中川敏憲(以下「中川係官」という。)が偶然原告に出会った機会に重ねて原告に対し証憑類の提示を求めたのに対しても原告は非協力の態度をとり続けたものである。このため、被告は、原告に対する税務調査によっては所得金額を実額により計算することができず、やむをえず所得税法一五六条に定める推計課税の方法によって本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定をしたものである。

原告は、所得税法二三四条一項に定める質問検査権について、任意調査に過ぎないものであるから、調査に応じるか否かは被調査者である原告の意思に委ねられていると主張するけれども、納税義務者は、その所得金額の計算の基礎となる経済活動の実態を最もよく知る者として、税務職員に対し所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告内容が正しいことを説明する義務を負うものであり、納税義務者の依頼した第三者が立会いにつき法的資格を有しない者であるにもかかわらずその者が立ち会うのでなければ税務調査に応じないといった自由まで有するものではない。そして、税務職員において右の質問検査権をどのように行使するかについては、立会人を立ち会わせるか否かという点を含め、質問検査の必要性があり、かつ、これと被調査者の私的利益との比較衡量において社会通念上相当な限度に止まる限り、税務職員の合理的な選択に委ねられているものであって、本件において被告の所部職員が税務職員に課せられた厳格な守秘義務を遵守するため玉野民主商工会員による立会いを拒否した上原告に対する税務調査をしようとしたことに何ら違法はない。なお、右の守秘義務の性格からして、原告主張のように、原告において秘密保持の利益を放棄したからといって、税務職員の守秘義務が消滅するというものではない。

(2) 原告の主張

被告の所部職員による前記臨場税務調査が行われた際、原告が本件各係争年分に係る請求書綴及び領収書綴を準備してその面前に置いていたのであるから、いつでも調査することが可能であったにもかかわらず、被告の所部職員は、原告に対し、守秘義務遵守を理由に、立会いのため同席していた玉野民主商工会員の排除を威圧的かつ命令的な態度で要求し、原告が承諾していることを理由に立会いの上での税務調査を求めたのに対してもこれを無視し、右の請求書綴及び領収書綴を検査する機会を自ら放棄したものであり、被告主張のように、原告において請求書綴及び領収書綴を準備していなかったということもなければ、その場が原告及び同席者の抗議により騒然とした雰囲気になったということもない。

そもそも、税務調査は所得税法二三四条一項に定める質問検査権の行使として行われるものであって、その法的性格は任意調査に過ぎないものであるから、質問検査権の行使は、具体的状況に即し、調査の客観的な必要性がある場合にその必要性と私的利益との比較衡量において社会通念上相当な限度に止まるとき初めて許容されるものであり、税務調査を行う職員としては、被調査者に対する右の配慮を十分した上、質問検査を実施すべきものであり、かつ、そのようにしてなされた質問検査のみが任意調査にふさわしい適法な権限行使として許容されるものである。そして、税務調査を受ける者のほとんどが税法・税務に通じていない私人であるのに対し、税務調査が権力を背景として行われるものであるため、今日税務調査に名を借りた人権無視の強権的な調査が跡を絶たないことに加え、とりわけ税務職員が民主商工会の組織破壊の意図の下に臨場調査を行おうとする場合には被調査者本人だけでこれに対応することは不可能であるから、不当な調査が行われないように監視するとともに、不当な調査が行われる場合にはこれを是正し、かつ、その証拠を保全するためにも立会いが有益かつ不可欠であり、被調査者において自己の信頼する者を立ち会わせることを否定すべき法的根拠は存しない。ところが、被告の所部職員は、原告において自ら進んで立会いを求めることにより秘密保持の利益を放棄しており、取引先との関係でも被調査者において秘匿すべき事項にあっては調査の対象となしえないため秘密保持の問題が生じないにもかかわらず、かねてから玉野民主商工会を敵視し、その組織を破壊するという被告の方針に基づき、原告に対して守秘義務遵守を口実に税務調査の場から玉野民主商工会員を排除することを要求し、原告がこれに応じないとみるや、自ら税務調査を拒否して退席した上、原告の信用を損なうような態様の反面調査を行い、推計課税による過大な更正処分を行ったものであり、憲法で保障された結社の自由を侵害するものである。また、原告は、被告主張のように、前記臨場税務調査後被告の所部職員からその後証憑類の提示を求められたこともない。

したがって、本件において推計課税の必要性は全くなく、本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定は違法である。

(二) 推計課税の合理性について

(1) 被告の主張

被告は、別表Bのとおり、反面調査を通じて把握することのできた原告の事業に係る売上原価額(仕入金額)を類似同業者の平均売上原価率で除して得た総収入金額に類似同業者の平均所得率を乗じて本件各係争年分における原告の事業所得金額を推計したものである(なお、別表C(一)ないし(三)参照)。右の類似業者の抽出に当たっては、業種・業態、事業規模、事業地域等の基本的な要因からみて近似性のある同業者を抽出するために合理性のある選定基準に基づき機械的に行っており、そこに恣意の介在する余地はなく、得られた資料の点でも、申告額につき信憑性が高く、事業形態も確認しやすい青色申告者を前提としているため、その内容は正確である。しかも、抽出された類似同業者については、青色申告者であることから、必要経費の範囲及び減価償却の方法の点でも可能な限り原告との類似性を追求しており、本件において抽出された類似同業者は五業者であるが、その結果は類似同業者の個別性を平均化するに十分足りるものである。

原告は、被告において抽出した類似同業者が対象類似業者の数が少なく、照明器具の仕入比率が明らかでないため、推計の合理性を欠くものであると主張するけれども、推計課税が実額計算によって所得金額を把握することができない場合に認められた課税方法であることからすれば、前記のとおり同業者との間に業種・業態、事業規模、事業地域等の基本的な要因からみて近似性があるならば、同業者問に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが顕著なものでない限り、推計課税における合理性を損なわせるものではなく、本件においても五業者であれば類似同業者の個別性を平均化するに十分足りるものであり、原告主張の照明器具の仕入比率の点も前提となる原告の照明器具の仕入比率を明らかにする資料がないことからすると、考慮に値しないものである。

被告が推計計算した事業所得金額は、別表B記載のとおりであり、平成元年分及び平成二年分については、更正処分に係る認定額と同額であり、平成三年分については、更正処分による額を上回るものであるから、本件各更正処分及び過少申告加算税賦課決定はいずれも適法である。

(2) 原告の主張

被告が抽出した類似同業者は、五業者と数が少ないことに加え、原告と比較した場合、事業形態、事業規模、事業地域といった基本的な要因において事業の類似性があるとはいえない。しかも、類似同業者間に通常存在する営業諸条件の差異が必ずしも反映されておらず、特に、原告の場合、照明器具を仕入れて取り付けることが八、九割と極めて多いだけでなく、その仕入金額を工事額に含めて自己負担することが多いという特殊性が全く考慮されておらず、このため被告推計に係る平成三年分の平均経費率が原告主張の実額による同年分の平均経費率から大きく乖離している事実が示しているように、被告主張の事業所得金額の推計には合理性が認められない。

2  原告による実額反証(再抗弁)

(一) 原告の主張

原告の本件係争各年分における事業所得金額は、実額計算によって把握することが可能である。すなわち、原告は、請求書控及びこれに対応する領収書控を保存しており、これに基づき総収入金額を算定することができるところ、売上原価額も仕入先の売上帳及び領収書によってこれを算定することができる。もっとも、一般経費額は、平成元年分及び平成二年分の場合領収書の保存が十分でないため実額主張ができないものの、平成三年分にあっては領収書を保存しており、帳簿にも記帳してあるので、一般経費額の算定が可能であり、これによれば平成三年分の一般経費率は一五・二八パーセントとなるところ、原告の事業実態は、本件各係争年分を通じて異ならないから、平成三年分における一般経費率を平成元年分及び平成二年分にも適用して両年分の一般経費額をそれぞれ算出することができる。そして、右に述べる実額を基礎として算出した原告の本件各係争年分の事業所得金額は別表D記載のとおりであるから、本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定のうち、右の事業所得金額を超える部分は取消しを免れない。

被告は、請求書と領収書の対応関係等から破棄されたものがあるはずであり、保管しているすべての証憑類が提出されているか否か疑問であるなどと主張するけれども、破棄されたものは全体からすれば極めて少数であって、根拠のない主張であり、原告主張の本件各係争年分における総収入金額、売上原価額及び一般経費額はほぼ実額に近いものである。

(二) 被告の主張

納税者が所得の実額を算定するに足りる帳簿証憑類を提出せず、税務調査に協力しないため、やむを得ず課税庁が真実の所得額に近似する所得額を推計の方法によって認定し、課税処分をした場合に、納税者が右の推計の方法によって認定された所得金額と異なる実額による課税を主張するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要があると解すべきであつて、単に右の実額の存在をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるというものではない。本件においても、原告は、実額計算による所得課税を主張するのであれば、<1>事業所得に係る総収入金額に係るすべての収入の事実、<2>売上原価及び一般経費に係るすべての支出の事実をそれぞれ主張立証した上、さらに、所得税法上の分類に従い、<3>直接費用については両者の個別対応の事実を、間接費用については必要経費の期間対応の事実をそれぞれ主張立証することが必要であり、これらすべてを主張立証することができた場合に初めて実額計算による課税がなされるべきものである。そのためには、右の各事実ごとに各経済的取引等の事実の存在を確信させるに足りる客観性と信頼性を備えた帳簿書類等の直接資料からその存在が合理的疑いを容れない程度に立証されることが必要であり、その意味で、実額の立証においてはすべての経済的取引が原始記録に基づいて整理された帳簿に継続的に秩序正しく記録され、かつ、その記録が領収書等の証憑類によって正当であることが証明されることが必要である。

ところが、原告提出に係る売上集計表、経費勘定元帳等の帳簿類は、いずれも原始記録性に乏しい上、これを基礎づける請求書、領収書といった証憑類も、破棄等によって提出されていないものが多数存在し、その種類及び数量において不十分であるとともに、その内容において多くの脱漏・不備及び不明であるものが認められるため、すべての経済的取引内容を正確に反映したものであるとはいえない。このため、これらの資料は、客観性も信頼性もないものであるから、これらの資料によって個々の経済的取引の実態はもとより、経費及びそれと収入等との関連性等を明らかにすることができず、原告による実額主張は、その立証を尽くしたということはできない。したがって、原告主張の実額計算による課税は許されない。

第三争点に対する判断

一  推計課税の必要性及び合理性の有無

1  推計課税の必要性について

(一) 甲第一七号証(採用しない部分を除く。)、第二〇号証(採用しない部分を除く。)、乙第五号証(証人森山清の証言によりその成立を認める。)、第六号証(証人中川敏憲の証言によりその成立を認める。)、同森山清、同中川敏憲、同植田幸男(採用しない部分を除く。)の各証言、原告本人の尋問結果(採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、推計課税に至る経緯に関し、以下の事実が認められる。なお、争いのない事実も含む。

(1) 原告の提出した本件各係争年分の所得税確定申告書には事業所得金額が平成元年分及び平成二年分の場合それぞれ三〇〇万〇〇〇〇円、平成三年分の場合三二〇万〇〇〇〇円といずれも実額とは思えない金額が記載されていた上、収入金額及び必要経費の内訳記載がなく、当該確定申告書の記載のみからはその申告内容の適否が不明であったこと等の問題があったため、森山係官が上司の命により原告の所得税について税務調査を実施することとなった。そして、森山係官は、被告の所部職員塚原覚志(以下「塚原係官」という。)とともに、平成四年一〇月九日午前一〇時三〇分ころ、原告宅に赴いたが、原告及びその家族とも不在であったため、原告と連絡票及び電話による連絡をとった上、同年一一月四日午後六時三〇分ころ、塚原係官とともに、再度原告宅に赴いた。

なお、右の臨場調査に先立ち、森山係官が同年一〇月二九日午前八時二〇分ころ原告の勤務先である株式会社日電へ電話し、原告に調査のため同年一一月四日訪問する旨伝えるとともに、原告から事業内容などについて聴取したが、その際原告は、前記確定申告における所得金額は、自分の大体の記憶に基づく金額から原告の父が受給している年金の額を差し引いたものを所得金額としたものであり、事業所得に関して帳簿の記帳はしていないし、証憑類も中国電力株式会社に提出した電気工事に関する申請書は保存しているが、右以外のものは残っていない、主に一般住宅の電気配線工事を行っているが、配線距離の短い配線方法で施工していないため、他の同業者に比べて材料費が多くかかる、取引先については相手方に迷惑がかかるので言えない、と述べた(原告は、事実、売上帳、仕入帳、経費帳、現金出納帳といった帳簿を作成保管していなかった。)。

(2) 森山係官と塚原係官が前記のとおり一一月四日再度原告宅に赴いたところ、原告宅では、原告のほかに、原告の依頼を受けて原告の加入している玉野民主商工会の会員である三枚、植田、川崎及び松田の四名が待機していた。森山係官が、原告に対し、身分証明書を提示して所得税の調査目的で臨場した旨告知した上、同席者四名との関係を尋ねたのに対し、原告において自分の友人である旨答えたことから、同係官が同席者らの立会いの下で調査を行えば守秘義務を遵守できなくなるおそれがあるとの判断の下に同席者に立会いを遠慮してもらうよう原告に要請した。しかし、原告が自ら依頼して同席してもらっていることを理由にその要請を拒絶したことから、森山係官が原告に対し税務職員には守秘義務があるため第三者の立会いの下では税務調査を実施できない旨告げて重ねて同席者の退席を要請したところ、同席していた前記三枝が名刺を示して玉野民主商工会長であることを告げて原告と同係官との問の話に割って入り、税務調査に被調査者以外の者が同席することを拒否する同係官の措置を大声で非難し始め、同人以外の同席者も口々に大声を上げてこれに同調したことから、その場が騒然とした雰囲気になり始めた。こうした中で、森山係官が原告に対し繰り返しこのような状況の下では税務調査を実施できないことを告げて同席者に退席してもらうように要請したが、原告は、本人が承諾しているならば第三者が同席することに問題はないとの見解を譲らず、その要請に全く応じようとしなかった。そして、第三者の立会いの下では税務調査を実施できないとする森山係官とこの措置に異議を唱える同席者との間で激しい言い合いとなり、同係官が税務調査を打ち切る旨告げたのに対し、同席者の一人が要望書と題する書面を差し出してこれを読むように要求し、同係官がその受け取りを拒否して退出しようとしたのに対しても、同席者らにおいて同係官らを取り囲み、右の書面を読むように要求して、同係官の措置に強く抗議し続ける事態となった。このため、退出を阻まれた森山係官が監禁するのかと詰め寄ったところ、同席者においてようやく抗議を断念したことにより、同係官らにおいて原告宅を退出することができた。その間の時間はおおよそ一〇分程度であった。

(3) その後、森山係官が、平成四年一一月六日午前八時三〇分ころ、原告の勤務先に架電し、原告に対し、前記(2)の臨場時に玉野民主商工会員を同席させたことについて説明を求めるとともに、改めて税務職員には守秘義務が課せられており、無関係の第三者を同席させて税務調査を実施するならばこれに反するおそれがある旨説明して立会いのない税務調査の実施に協力するように要請したのに対し、原告は、第三者を立ち会わせようとした理由につき具体的な説明をしないまま、犯罪者でも弁護士を依頼できるのになにゆえ第三者を立ち会わせることができないのかと反駁し、これに対し、同係官がさらに資格のある弁護士・税理士の立会いであれば差し支えないが、そうでない者の立会いは困る旨説明して説得に努めたのに対しても応じず、請求書や領収書はあるけれども、今後も玉野民主商工会員の立会いなしには資料を提示することも税務調査に応ずることもできない旨再度表明して、税務調査に協力することを拒否した。

(4) 被告は、森山係官からの報告を受け、原告に対し直接税務調査をすることを断念し、原告の取引の内容に関する反面調査に着手した。中川係官が被告の指示により平成四年一二月九日午前一〇時ころ反面調査をするため中国地方電気工事業協同組合岡山支部に臨場したところ、たまたま原告がその場に居合わせ、同係官に対し被告側が原告の取引先を調査するため、原告の信用がなくなつてしまう旨不平を述べたことから、同係官が、原告に対し、身分証明書を提示し、原告の所得税調査を行っている旨告げた上、原告から税務調査に対する協力が得られない状況下では取引先の調査等の反面調査を実施することもやむを得ない旨説明するとともに、その場で帳簿書類の有無について質問したところ、原告が、改めて記帳していない旨答え、さらに証憑類の保存状況について質問したのに対し、領収書については紛失したものがあり、きちんと保存されていない旨答え、同係官が参考までに領収書の提示をするよう求めたのに対しても、その要請を拒否した。しかし、中川係官が電気配線工事に係る具体的な事業内容について一時間弱にわたって事情を聴取したのに対して、原告は、<1>ビル、マンションとか工場といった建物での電気配線工事は大企業において行うため、原告の場合、木造建物での電気配線工事が主であり、それも、特定の取引先から継続的に仕事を請け負うのではなく、孫請けの拾い仕事がほとんどである、<2>その内容は現場における作業が主であり、それゆえ単価も安い、<3>仲間内でもらう仕事が多いため、営業外交はしない、仕事先については迷惑をかけるから言えない、<4>申告所得金額は、記帳していないため、正確なものではないが、頭の中では計算できており、収入は各年分とも一七〇〇万円から一八〇〇万円であり、仕入先は赤木電機株式会社だけであり、その他の経費としては中元、歳暮などの接待交際費が最も多い、<5>家族は、妻、中学生と小学生の二人の子に父の五人であり、事業収益三〇〇万円に父親の年金一〇〇万円を加えて生活してきた、<6>原告は、平成元年ころに肩の手術をしたため肩の上がりが悪くなり、仕事に支障が出るようになった、リュウマチもある、なお、平成三年九月に交通事故を起こし、同年四月に購入した新車を廃車した、といった内容の説明をした。

以上のとおり認められるところ、右(2)の被告の所部職員による原告宅における臨場調査について、証人植田幸男及び原告本人は、森山係官が、いきなり原告に威圧的な態度で同席者を退出させるように要求し、前記三枝において原告にその根拠を説明をするように求めたのに対してもこれを無視してその場の同席者に退出するように命令口調で要求し続け、その間原告においてその場に準備していた請求書綴や領収書綴を調査するように求めたにもかかわらず、これを無視して退出したものである旨述べるけれども、同係官らが原告宅に臨場してから退出するまでの間同係官と原告及び同席者らとの間で税務調査への立会いの是非を巡って激しいやり取りが続けられた前記認定の経過に加え、その後も後記認定のとおり同係官が原告宅へ架電して第三者による立会いのない調査に応じるよう説得に努めたにもかかわらず原告が協力を拒み続けたことからすると、原告がその場に請求書綴や領収書綴を準備して調査するように求めたにもかかわらず同係官がこれに応じなかったとする前記供述はいずれもたやすく信用することができないところであって、原告主張のように同係官が自ら税務調査を実施することを拒否したとは到底認めることができない(なお、原告が税務調査を受けるに当たって森山係官から事前に了解を得ないまま立会いにつき法的資格を有しない玉野民主商工会員四名を自宅に待機させた上税務調査があたかも集団交渉の場であるかのごとき対応をしたことからすると、税務調査への立会いの是非を巡るやり取りの過程で原告からみるとき同係官の態度に厳しいとみられる言動があったとしても、それはやむを得ないところであるというべきである。)。また、右(4)の中川係官による事情聴取の内容について、原告は、同係官とは雑談したにすぎず、その際同係官に対し帳簿書類の保管状況や事業所得金額の算定方法を説明したことはないと述べるが、同係官が原告から受けたという説明の内容は本人でなければ供述しえない具体的かつ詳細な事項を含むものであって、中川証言は信用するに足りるものであるところ、これに反し、原告本人の供述は、右の説明内容が事実に反するとの点で裏付けを欠くものであって、採用することができない。

(二) 右(一)の認定事実によれば、被告の所部職員が原告宅における臨場税務調査を実施しようとしたのに対し、原告は、税務調査の立会いにつき法的資格を有しない玉野民主商工会員四名を自宅に待機させて立ち会わせようとし、当該職員が守秘義務遵守を理由に同席者を退席させるように繰り返し要請したのに対してもこれに応じなかったものであり、これに加え、右の同席者が原告に同調して当該職員の右の措置に抗議し続けたことにより騒然とした雰囲気となった結果、調査不能の事態となったものであるから、当該職員において臨場調査の実施を中止したのもやむを得ないところであるといわなければならない。そして、右の臨場税務調査中止後も、被告の所部職員が重ねて原告に対し無関係な第三者の立会いのない税務調査に応じるか否かにつきその意向を確認したのに対し、原告は、玉野民主商工会員の立会いなしに請求書・領収書等の証憑類を提示することも調査に応ずることもできない旨表明して、税務調査に協力することを拒否したものであるから、被告においてもはや原告から証憑類の提示を求めることによって事業所得金額を把握することができないため、推計課税の方法による事業所得金額の把握しかないと判断したものであり、その判断は正当であって、本件において推計課税の必要性はあったものと認められる。

ところで、原告は、被告の所部職員がかねてから玉野民主商工会を敵視し、その組織を破壊する方針であったことから、臨場税務調査に当たって守秘義務遵守を口実に原告の依頼により待機していた玉野民主商工会員の退席を強く要求し続けたものであり、このため、原告が自ら進んで立会いを求めることにより秘密保持の利益を放棄しており、また、取引先との関係でも被調査者において秘匿すべき事項にあっては調査の対象となしえないことから秘密保持の余地がなく、守秘義務遵守は具体的・現実的な問題ではなかったにもかかわらず、被告の所部職員は、守秘義務遵守を口実に自ら税務調査を拒否して玉野民主商工会員である原告に対し推計課税による過大な更正処分を行ったものであるから、憲法で保障された結社の自由を侵害するものであると主張するけれども、被告の所部職員がかねてから玉野民主商工会を敵視し、その組織を破壊する方針であったことを認めるに足りる証拠はなく、右の主張はその前提を欠くものであることに加え、税務職員が納税者に対し所得税法二三四条一項に規定する質問検査権の行使として実施する税務調査において弁護士・税理士資格を有しない第三者の立会いを認めるか否かは当該税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当であるところ(最高裁平成元年(行ツ)第九三一号事件平成五年三月一一日第一小法廷判決・訟務月報四〇巻二号三〇五頁参照)、本件において原告が税法・税務に通じない者であるとしてもその調査内容いかんにかかわらず四名もの玉野民主商工会員が立ち会う特別の必要があったとは認め難いところであり、守秘義務遵守の観点からその退席を要請した森山係官の措置に右の裁量を逸脱した違法があるということはできない。

この点に関し、原告は、税務調査に名を借りた人権無視の強権的な調査が跡を絶たないため、不当な調査が行われないように監視するとともに、不当な調査が行われる場合にあってはこれを是正させ、その証拠を保全するためにも立会いが有益かつ不可欠であると主張するが、被告が原告に対する税務調査に踏み切った事情及び本件訴訟における所得金額の主張によって明らかなごとく、原告は、法律により課せられた納税義務を誠実に履行したとは到底認め難い内容によって本件各確定申告をしたものであり、被告において税務調査を実施することとしたのも当然の措置であって、本件各証拠上被告の所部職員による臨場調査に当たって税務調査に名を借りた人権無視の強権的な調査が行われることを危惧すべき具体的事情があつたとは認められないことからすると、原告の主張は理由がなく、採用することができない。

2  推計課税の合理性について

(一) 甲第六ないし第八号証、乙第一号証、第二号証の一ないし一五、第三ないし第七号証、証人小林重道の証言並びに弁論の全趣旨によれば、推計課税の内容に関し、以下の事実が認められる。なお、争いのない事実も含む。

(1) 被告は、本件各係争年分における原告の事業に係る所得金額を推計するに当たり、反面調査の結果判明した原告の売上原価額(実額)を類似同業者の平均売上原価率で除して原告の総収入金額を算定し、これに類似同業者の平均所得率を乗じて事業所得金額を算出したものである。この推計計算に当たって、被告は、原告からの事情聴取を通じ、原材料の電線・電気設備等の仕入先が赤木電機株式会社であることを把握し、その反面調査を実施したところ、本件各係争年分における売上原価額(仕入金額)は別表Bの売上原価額欄記載のとおりであり、平成元年分が六八五万四〇六七円、平成二年分が九五二万五九五八円、平成三年分が八三二万〇八三七円であることが判明した(もっとも、赤木電機株式会社以外からの仕入れもあり、このため、原告の実際の売上原価は、平成元年分が八六八万五〇二〇円、平成二年分が一〇六九万二三五三円、平成三年分が一〇七〇万一四六九円であつた。)。

(2) そこで、被告は、類似同業者の平均原価率及び平均所得率を算出するために、原告事業所所在地を所轄する税務署及びその隣接税務署(岡山東、岡山西、西大寺、児島、玉野)の管内から、<1>本件各係争年分を通じて所得税の青色申告につき税務署長の承認を受けている者、<2>本件各係争年分を通じて主として一般の木造建物を対象に電気配線工事業を営んでいる者、<3>本件各係争年分の中途において、開廃業、休業または業態変更をしていない者、<4>本件各係争年分の所得税につき更正又は決定の各処分が行われた者のうち国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間が経過していない者又はこれらの争訟が係属している者でない者、<5>事業に係る売上原価額が本件各係争年分に応じ平成元年分が三四〇万〇〇〇〇円以上一三八〇万〇〇〇〇円以下、平成二年分が四七〇万〇〇〇〇円以上一九一〇万〇〇〇〇円以下、平成三年分が四一〇万〇〇〇〇円以上一六七〇万〇〇〇〇円以下の範囲内にある者(いわゆる倍半基準)、<6>電気配線工事の際に照明器具等取付工事を行っており、右<5>の売上価額のうちに照明器具等の電気器具の仕入金額が含まれている者であること、のいずれの基準も充足する類似同業者を抽出することとし、その作業の結果、岡山東税務署管内で二業者、西大寺税務署管内で二業者、児島税務署管内で一業者の合計五業者の類似同業者を得たことによりその収入金額、売上原価額、事業所得金額を基礎として平均売上原価率及び平均所得率を算出した。もっとも、前記抽出基準によって選定された五業者がいずれも青色申告者であるのに対し、原告は白色申告者であることから、青色申告者である類似同業者の必要経費の範囲を白色申告者である原告の必要経費の範囲に一致させる必要があり、このため、被告は、青色申告者の事業所得の算出に当たっては、青色申告者のみに認められる必要経費を除外した。すなわち、減価償却の方法として青色申告者にあっては税務署長に届出することによって定率法又は租税特別措置法の規定による割増償却及び特別償却によることが認められているが、原告の場合その適用がないため、これらの方法によらないで事業所得を計算した。

なお、被告において前記抽出基準の設定に当たり、<1>の要件を設定したのは、青色申告者が継続的に記帳することを義務づけられており、その申告も継続的な記帳の結果に基づいてなされるため、その申告に係る資料には客観性と信用性が担保されているとみられるためであり、<2>の要件を設定したのは、業種の点で原告との類似性を確保するためであり、<3>の要件を設定したのは、開廃業、休業又は業態変更があると、原告と異なる特殊事情が存在する可能性があり、類似性が認められなくなるおそれがあるからであり、<4>の要件を設定したのは、事業所得金額に争いがあると、正確な資料とはいえないからであり、<5>の要件を設定したのは、事業規模の観点から原告との類似性を確保するためであり、<6>の要件を設定したのは、業態の点でも原告との類似性を確保するためであった。

(3) そして、被告が本件各更正処分の段階で得た数値は、平成三年分を除き、別表B平均売上原価率欄及び平均所得率欄各記載のとおりであり、平均売上原価率は平成元年分が〇・三四六、平成二年分が〇・三四四、平成三年分が〇・三三五であり、平均所得率は平成元年分が〇・三七二、平成二年分が〇・三七三、平成三年分が〇・四〇八であった。これに対し、本件訴訟の段階で改めて広島国税局において前記抽出基準によって類似同業者の抽出作業を実施したところ、西大寺税務署管内の一業者につき平成三年分の収入金の額、売上原価の額、事業所得の額につき修正申告による変更があったことから、平成三年分の平均売上原価率が〇・三三四、平均所得率が〇・四〇九に変更された。右の平均売上原価率及び平均所得率を用いて原告の事業所得金額を算出したところ、別表Bの事業所得の金額欄記載のとおりであり、平成元年分が七三六万九一一二円、平成二年分が一〇三二万九〇一八円、平成三年分が一〇一八万九三三二円であり、この金額は、本件各更正処分における事業所得金額と同額(平成元年分及び平成二年分)であるか、又はこれを上回る額(平成三年分)であった。

(二) 右(一)で認定した推計課税の内容によれば、被告は、原告からの事情聴取を通じて知り得た仕入先の反面調査によって原告の売上原価額(実額)を把握した上、これを基礎とし、類似同業者の平均売上原価率及び平均所得率を用いることによって原告の本件各係争年分における事業所得金額を算出したものであり、右の事業所得金額の算出方法は相当であるといってよく、かつ、被告が類似同業者の抽出に当たって設定した基準も原告との類似性を確保する見地からみて妥当であり、その結果得られた類似同業者の平均売上原価率及び平均所得率はその抽出過程に照らして正確性が担保されていると認められる。本件推計課税に当たり前記基準によって抽出された類似同業者の数は五業者であるけれども、推計課税は、納税者の所得金額を直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって真実の所得金額に近似するものを推計し、これを所得金額として認定するものであり、納税者と比準同業者の類似性を過度に要求するならば、実額計算ができない場合の補充手段として所得税法一五六条が認める推計課税それ自体が不可能となりかねないといってよく、業種、業態、事業規模、事業地域等の基本的な要因において採択された比準同業者の抽出基準が合理的であるならば、抽出された比準同業者数が少ないというだけで当該推計課税を不合理なものと即断すべきでないというべきである。

この点に関し、原告は、原告と被告が抽出した類似同業者との間に業種、業態、事業規模、事業地域といった基本的要因において事業の類似性があるとはいえないと主張するけれども、類似同業者の総収入金額、売上原価額が原告において実額であると主張する総収入金額、売上原価と比較しても平成元年分を除き大きく乖離するとは認められないから、採用することができない。また、原告は、本件では、類似同業者間に通常存在する営業諸条件の差異があるのに、それが類似同業者から得られた数値を基礎とする推計の合理性を失わせない程度に顕著でないことが明らかにされてないと主張するけれども、比準同業者間に通常存在する営業諸条件の差異は、それが類似同業者から得られた数値を基礎とする推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り比準同業者から得られる数値を平均化する過程で捨象されるものであるから、右とは反対に、比準同業者と対比した当該納税者に比準同業者から得られる数値による推計を不合理ならしめるほどの特殊な事情が存在しない限り推計課税の合理性を否定すべきでないというべきところ、本件において右の特殊な事情が存在するとは認め難い。すなわち、原告本人は、原告が照明器具を仕入れて取り付ける工事が八割から九割を占めるため、他業者と比較して利益率が低い旨供述し、証人植田幸男も、原告の場合実額計算をした場合の粗利益率が被告の推計値によるものよりもはるかに低くなつている旨証言するけれども(平成元年分で原告主張の実額計算によると四四・九八パーセントであるのに対して被告推計値によると六五・四パーセントであり、平成二年分で原告主張実額によると四八・三四パーセントであるのに対して被告推計値によると六五・六〇パーセントであり、平成三年分で原告主張実額によると五二・四三パーセントであるのに対して被告推計値によると六六・六パーセントであり、乖離が大きいとする。)、原告の前記供述は、帳簿書類といった客観的な裏付けに基づく供述ではなく、前記植田証言も、その前提である実額計算自体が後記認定のとおり正確性の担保を欠くものであり、いずれも採用することができない。

なお、原告は、その陳述書(甲第一七号証)において、岡山市内及び倉敷市内には多数の電気工事業者が存在するにもかかわらず更正処分段階と訴訟段階で全く同じ類似同業者が抽出されていることからすると、抽出に当たり恣意が働いたとみる余地がある、と述べるけれども、たとえ同じ事業地域であっても、業種、業態、事業規模において類似するのでなければ、比準すべき同業者ということはできないところ、原告の主張する電気工事業者の業態が明らかでなく、前記抽出基準の内容にかんがみると、抽出された類似同業者数が五業者に止まったからといって、相当性を欠くということはできず、被告による類似同業者の抽出作業につき被告の恣意が介在しているとみるべき具体的根拠がない。

したがって、本件推計課税には合理性があるというべきである。

三  原告による実額反証

1  原告は、請求書控綴及び領収書控綴を基礎として作成した売上集計表(甲第三ないし第五号証)に基づき本件各係争年分に係る総収入金額を、また、領収書綴及び売上帳等を基礎として作成した仕入一覧表(甲第六ないし第八号証)に基づき本件各係争年分に係る売上原価額をそれぞれ算出した上、領収書綴及び預金元帳等(甲第九号証の一ないし一四、第一〇ないし第一二号証)に基づき平成三年分の必要経費額を算出し、これを収入金額で除して得た一般経費率一五・一七パーセントにつき、平成元年分及び平成二年分においても一般経費率は平成三年分と同様であったとして総収入金額から売上原価額を控除し、これから一般経費額又は総収入金額に一般経費率を乗じて得た額をさらに控除して、本件各係争年分の事業所得金額を算出しており、その算出の経過は別表D記載のとおりであるところ、これによれば、平成元年分の総収入金額は一五七八万六三四六円、売上原価額は八六八万五〇二〇円、事業所得金額は四七〇万六五三八円であり、平成二年分の総収入金額は二〇六九万九五八〇円、売上原価額は一〇六九万二三五三円、事業所得金額は六八六万七一〇一円であり、平成三年分の総収入金額は二二四九万八二二八円、売上原価額は一〇七〇万一四六九円、事業所得金額は八三八万三六七九円である。

2  ところで、課税庁が税務調査につき納税者から協力が得られないため所得税法一五六条に規定する推計の方法によってその所得に係る課税処分をした場合にその取消しを求める訴訟において納税者が推計の方法により認定された額につき所得の実額と異なるとしてその違法性を主張することは当然に許されるというものではなく、特段の事情が認められない限り、納税者において遅くとも課税処分取消しの訴えに先立つ不服審査の段階までに実額による反証をしていることを要するというべきである。けだし、前述のごとく納税者が訴訟の段階に至って当然に実額による反証をすることが許されるとするならば、国税通則法一一五条一項が課税処分のもつ専門的・技術的かつ大量的・回帰的性格にかんがみ原則として課税処分につき不服審査を経由するのでなければ訴えを提起することができないと規定することによって可能な限り不服審査を通じて課税処分を巡る紛争を解決し、裁判所の負担を軽減しようとした趣旨は没却されかねないからである(なお、実体上も、申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従い正しい申告をする義務を負うとともに、その申告を確認するための税務調査に対しても課税対象金額の計算の基礎となる経済取引の実態を最もよく知る者としてその課税対象金額を算定するに足りる証拠資料を提示するなど、これに協力する義務を負っているところ、証拠資料を提出せず、税務調査に協力しないために、課税庁による推計課税を余儀なくさせた納税者をして不服審査及び訴訟のいずれの段階でも何らの制約なく実額による反証が許されるとするならば、その者に対し推計による課税処分の結果をみて実額による反証をするか否かを判断することを可能にならしめ、その結果税務調査に協力しない不誠実な納税者をして不当に利する事態を生じさせることから、このような事態を避けるためにも推計による課税処分に至った経緯に照らし納税者においてことさら推計課税処分の結果をみるため実額による課税処分を回避したものでないと認めるに足りる事情の存する場合に初めて訴訟における実額による反証が許されると解するのが相当である。)。

そして、右の実額による反証が許される場合においても、納税者がもともと経済取引の当事者であつてこれに関する証拠を提出することが容易であることからすれば、納税者において、実額反証に当たり、原始記録に基づいて継続的に秩序正しく記録された帳簿書類や不備・脱漏のない請求書・領収書等の直接資料を提出することによりその主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があり、その立証のためには、実額反証を主張する納税者において事業所得に係る総収入金額に係るすべての収入の事実及び必要経費に係るすべての支出の事実を立証した上、所得税法三七条一項の分類に従い、直接費用(総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用)の額については両者が個別的に対応している事実を、間接費用(その年における販売費・一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用)の額については、必要経費が期間的に対応している事実をすべて立証しなければならないと解するのが相当であり、そのように解しても納税者に酷に過ぎるということはないというべきである。

3  そこで、右2に述べるところに従い、実額による反証の許否の点から検討するに、甲第二号証によると、原告は、本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定に係る国税不服審判所長に対する審査請求の段階までに実額による反証をしていることが認められるので、原告による実額反証の主張は許されるというべきである。しかしながら、本件各係争年分のうち、平成元年分及び平成二年分については、原告は、一般経費の実額を明らかにする資料がないため、平成三年分における一般経費額を基礎として一般経費率を算出した上、右の各年分とも一般経費については同様であるとして右の一般経費率によって平成元年分及び平成二年分の事業所得の額を算出しているものであり(原告の主張によっても明らかなごとく、本件各係争年分における総収入金額に変動があることからすると、その前提自体の合理性に多大の疑問がある。)、前述の直接費用及び間接費用につき実額による反証をしたということができないから、主張自体失当である。そして、残る平成三年分についても、本件各証拠関係に照らすならば、原告の主張する実額が真実の総収入金額、売上原価額、一般経費額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証しているということはできず、その事業所得の額が正当な金額であることが担保されていないというべきであり、その理由は、以下に説示するとおりである。

(一) まず、総収入金額から述べると、原告も認めるように、原告は、収入金額につき収入のある都度その金額を帳簿類に継続して記帳することをしておらず、その基礎となる証憑類もそのすべてを保存してないため、その主張する総収入金額の真実性が担保されていない。すなわち、原告主張の総収入金額を裏付ける売上集計表(甲第三ないし第五号証)は、原告によって訴訟提起後に請求書控綴と領収書控綴を根拠に作成されたものであるところ、請求書記載の請求額と領収書記載の領収額が対応していないものが相当数見受けられる上、請求書控綴についていうと、平成三年分では請求書用紙三〇〇枚のうち八〇枚が破棄されており(なお、平成元年分では同用紙二一八枚のうち六一枚が、平成二年分では同用紙二二二枚のうち四三枚が破棄されている。)、残されている請求書控だけでは収入金額のすべてを明らかにすることができず(その割合は二六パーセントを超えるため、原告供述のように単に書き損じたものというにしてはあまりにも枚数が多いといわざるを得ない。)、なお、領収書控綴についても、残存する請求書控に対応するすべての領収書控が存在しておらず、明らかなものだけでも平成三年分では三九枚もの領収書控が存在しないため(なお、平成元年分では三〇枚が、平成二年分では四一枚がそれぞれ存在しない。)、領収書控から請求書の内容の真正さを確認することができない(乙第一〇及び第一一号証)。このため、前記売上集計表が原告におけるすべての取引を網羅したものでないことは明らかであるというべきである。

(二) 次に、売上原価額について、請求書、領収書、売上帳及び納品書を基礎にして訴訟提起後に仕入一覧表及び経費勘定元帳(甲第六ないし第八号証)が作成されているところ、これらの証憑類はすべて第三者の作成したものであり、その真実性は担保されているといえるが(もっとも、そのなかにはそれが外注費用であることにつきもっぱら原告の記憶のみに基づくものが一部含まれる。)、これらの取引のすべてにつきその都度秩序立てて記帳することが行われていないため、原告主張の収入の事実との対応関係が必ずしも明らかでなく、一部齟齬のあることを否定することができない。なお、原告主張の売上原価額は、平成三年分で被告主張の売上原価額を二八パーセント以上上回るものである。

(三) さらに、必要経費について述べると、平成元年分及び平成二年分にあってはこれを裏付ける証憑類が保存されていないのに、平成三年分のみこれが保存されている経緯が明らかでないことに加え、経費項目毎に経費勘定元帳(甲第九号証の一ないし一四)が作成されているが、右の経費勘定元帳自体、訴訟提起後に作成されたものであって、経費が生じた都度継続して記帳されたものでないところ、経費支出のなかには、証憑類として領収書等しか存在せず、その内容からは事業収入との対応関係の不明なものがあり、特に経費項目からすると家事費用分が混入しているのではないかとみられてもやむを得ないものが少なからず存在することからすると、その作成に当たって恣意が介在した疑いがないとは断定し難い。例えば、雑給(甲第九号証の二)の場合、賃金台帳が提出されているものの、その記載だけでは平成三年分のものか否か不明であるばかりか、氏名欄に氏の記載のみで男女の区別も従事していた業務内容も明らかでなく、支払った事実を示す証憑類もないため、その信用性には多大の疑問がある。また、旅費交通費(甲第九号証の三)の場合、いずれも領収書が存在するものの、特定の日にその支出が集中しており、領収書の名宛人の記載もないため、果たして事業収入に対応して生じた経費であるのか否か明らかでない。この点は、消耗品費(甲第九号証の一〇)も同様であり、事業収入との関連性に疑義のあるものが多数含まれ、そのすべてを事業収入に関連して生じたものであると認めることが困難である。さらに、接待交際費(甲第九号証の五)の場合、飲食店、酒店、スーパー等に対する支払いがほとんどであり、領収書の記載上その支出内容が明確でないため、家事費用分が混入している可能性を否定することができない。水道光熱費(甲第九号証の八)に至っては、家事費用にも関連する項目であるところ、電気料金の中に家事費用分ではないかとみられるものが多数含まれており、そのすべてを必要経費と認めることは困難である。このように、原告が一般経費と主張するもののなかには、事業収入との関連性が明らかでなく、経費項目からも家事費用分が混入しているのではないかと疑わしめるものが多数存在するというべきである。

4  以上のとおりであるところ、原告は、その実額反証に当たり、総収入金額に係るすべての収入の事実及びこれに対応する売上原価に係るすべての支出の事実さらには一般経費に係るすべての支出の事実を合理的な疑いを容れない程度に立証しているということは到底できないから、結局原告の実額反証の主張はすべて採用することができない。

四  課税処分の適法性

以上によれば、被告主張の推計課税は、その必要性及び合理性が認められ、これに対し、原告主張の実額反証は認められないところ、本件各係争年次における原告の事業所得の金額は、別表Bの事業所得の金額欄記載のとおり、平成元年分が七三六万九一一二円、平成二年分が一〇三二万九〇一八円、平成三年分が一〇一八万九三三二円である。そして、右の各事業所得の金額が各年分の総所得金額となるところ、これから各年の所得控除の額を控除してそれぞれ課税総所得金額を算出するならば、別表A(一)ないし(三)のとおり、各所得控除額が平成元年分の場合二七九万四八八九円、平成二年分の場合二四二万七二〇〇円、平成三年分の場合二四六万六二〇〇円となるため、平成元年分の課税総所得金額が四五七万四〇〇〇円、平成二年分の課税総所得金額が七九〇万一〇〇〇円、平成三年分の課税総所得金額が七六六万七〇〇〇円となることが弁論の全趣旨により明らかである。なお、平成二年分及び平成三年分にあっては、その所得控除額につき原告と被告の間でいずれも三五万〇〇〇〇円の差異が存するが、これは被告の算定に係る事業所得金額が一〇〇〇万〇〇〇〇円を超えるために配偶者特別控除が認められないことによるものである(甲第二号証)。

そうすると、本件各係争年次に係る課税総所得金額は、いずれも更正に係る課税総所得金額と同額であるか、又はこれを上回るものであるから、本件各更正処分はいずれも適法であるというべきである。そして、原告が本件各確定申告に際し所得金額を過少に申告したことにつき国税通則法六五条四項に規定する正当な理由は認められないから、同条一項に従い本件各更正処分により納付すべき税額に一〇〇分の一〇を乗じて得た金額及び同条二項を適用してその国税に係る期限内申告額に相当する金額と五〇万〇〇〇〇円とのいずれか多い金額を超える部分に相当する税額に一〇〇分の五を乗じて得た過少申告加算税を賦課することとした本件各過少申告加算税賦課決定も適法である。

なお、原告は、異議審理庁が更正処分の理由を明らかにせず、また、国税通則法一〇七条の規定に反して第三者の立会いを認めなかった旨主張するが、その主張するところは異議決定手続固有の違法事由を主張するものにほかならず、課税処分の取消しについていわゆる裁決主義が採用されていない以上、原処分である本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定の取消しを求める本件訴えにおいては主張できないものであるから、右の主張自体失当である。

第四結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊温 裁判官 酒井良介 裁判官 石村智)

別表A(一)

課税処分等経過表(平成元年分)

<省略>

別表A(二)

課税処分等経過表(平成二年分)

<省略>

別表A(三)

課税処分等経過表(平成三年分)

<省略>

別表B

原告の事業所得の金額の算出経過表

<省略>

別表C(一)

類似同業者の所得率表(平成元年分)

<省略>

別表C(二)

類似同業者の所得率表(平成二年分)

<省略>

別表C(三)

類似同業者の所得率表(平成三年分)

<省略>

別表D 原告主張実額

<省略>

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